優勝経験ゼロ 恩師との出会いで飛躍遂げる
円盤投げとハンマー投げの二刀流、山口翔輝夜(ときや)選手(18歳)。
今年、10月、栃木県で行われた国体で、ハンマー投げの高校新記録を打ち立てた陸上投てき界のホープです。中学時代から世代ナンバーワンと注目を集めるも、高校進学後は、コロナ禍で全国大会が相次ぐ中止に見舞われ、その実力を証明する機会を得られませんでした。
大会で優勝するという経験がないままに、もやもやした日々を過ごしていた中、ある指導者との出会いが転機を生みます。目指すはインターハイ優勝。恩師と挑む高校最後の暑い夏を追いました。
世代ナンバーワンの実力 「世界へ出て自分の実力を試したい」
(山口)「世界陸上かオリンピック、どちらでも全然良いんですけど、世界の舞台に立って、“世界はどんなもんや”というのを知って、更に自分の競技人生に活かしていきたいというのが、今一番思っていることです。」
円盤投げでは高校歴代6位、世代ナンバーワンの実力の持ち主は、なかなかのビッグマウス。
そんな陸上投てき界の未来を担う逸材、山口翔輝夜選手が通うのは、緑豊かな兵庫県加東市にある県立社(やしろ)高校です。現在、体育科の3年生で、実家の淡路島を離れて寮生活を送り、入学当時80kgだった体重はこの3年で103kgに成長しました。身長184cm、真っ黒に日焼けした巨体には、鎧のように鍛え抜かれた筋肉。常にストイックな山口選手ですが、仲間と過ごす食事の時間は笑顔がこぼれます。
練習漬けの日々、プライベートはどう過ごしているのか聞いてみました。
(ディレクター)「彼女はいるの?」
(山口)「いないです。体育科が男子だけなんですよ。学校に行ってクラスに入って、ずっとそのままいて、寮に帰ってすぐに部活なんで、あんまり他の人と関わることがないですね。」
名将との出会いが転機に 優勝目指し二人三脚の日々
円盤投げでは中学時代から世代トップと言われてきましたが、彼自身が日本一になった経験はありません。
中学3年の全国大会は、台風で中止。高校進学後も、コロナ禍の影響で全国大会が相次いで中止に見舞われ、高校2年の時に出場したインターハイでは決勝に残るも9位に終わり、実力を証明する機会に恵まれませんでした。
(山口)「中学では一番になっているっていう自信はあったんで、でも証明できなかったら、周りの人に聞かれた時に胸張って言えない。やっぱり、もどかしさというかモヤモヤするところはありました。」
そんな日々を送る中、去年の春、山口選手に転機が訪れます。今年のオレゴン世界陸上に出場した、やり投げのディーン元気選手(30歳)や武本紗栄選手(23歳)などトップアスリートを育てた名将、大久保良正先生(51歳)が社高校陸上部の顧問として赴任。
がむしゃらな山口選手に寄り添い、二人三脚で結果を求めました。
(大久保)「本当にスケールの大きい選手だなというのは感じていました。ちょっと強引なところがあって、逆に言えばそこが魅力でもあります。彼には、力の出し入れというか、簡単にいうとリラックスして投げる事をアドバイスしました。」
涙で掴んだ日本一の証 最後のインターハイで初優勝
今年8月、徳島県で行われた高校最後のインターハイ。しかし山口選手は大会前に調子を崩し、不安の中で本番を迎えていました。挑んだ円盤投げの決勝、不安を払うように気合の入った投てきで49m97を記録。
2位以下を2m以上引き離す大躍進で、悲願のインターハイ優勝を飾りました。この結果にスタンドから見守っていた大久保先生もガッツポーズ。一方でその場にしゃがみ込む山口選手。やっとつかんだ日本一に、こみ上げるものがありました。
(山口)「不安でいっぱいだったんですけど、勝てて良かったです。色々、悪いことを考えることもあったんですけど、自分を信じて投げました。大久保先生が社高校に赴任されてきて、コミュニケーションをしっかり取りながら、自分の良いところだけをしっかり伸ばしてくれたかなと言うところで、信頼していました。」
やり投げ日本代表ディーン元気、武本紗栄ら育てた名将、大久保コーチ その指導法とは?
ロンドンオリンピックやり投で、日本代表として28年ぶりの決勝進出を果たしたディーン元気選手。そして、日本歴代4位、62m39の記録を持つ武本紗栄選手など数々の名選手を育てたのが名将・大久保良正先生です。
ディーン元気選手は、大久保先生の指導の下、2009年の全国高校総体で、やり投と円盤投げで2冠を達成しました。
(ディーン)「大久保先生は“熱い”!その一言だと思います。時間を気にせず、どんだけでもやっていいからという生だったんで、そういうところから熱心に育てて下さったんで、本当に“熱い”の一言じゃないですかね。」
そして武本選手は、2017年の高校総体やり投で優勝。
(武本)「私はあれやれ、これやれと、ずっと見られていると窮屈になって嫌になっちゃうタイプなんですけど、大久保先生はそれを分かっていて、私には“自由にやれ”って言ってくれていたので、自由に色々考えてやるっていう道を立ててくれたのかな。」
名将の礎、早逝した教え子への思い
指導歴26年、その中で大久保先生が特別な思いを寄せる教え子がいます。17年間勤めた市立尼崎高校で指導に当たっていた中村美史選手(当時18歳)です。
ハンマー投げと円盤投げの選手だった彼は、32 年ぶりにインターハイ2冠を獲得。大学時代には、武本選手と共にアジアジュニア陸上にも出場し、期待の若手として将来を嘱望されていました。しかし、2年前の夏、水難事故に遭い20歳という若さで帰らぬ人に。
(大久保)「だから今回、山口がインターハイで勝ったことにしても、世界陸上でディーンや武本があれだけ活躍したことも全部、中村の供養になってるんちゃうかなっていう風に思いますね。」
現在指導する山口翔輝夜選手は中村選手と同じ種目で世界を目指す逸材。中村選手の思いも背負い、2 人は挑戦を続けます。
3年間の集大成 国体で高校新記録塗り替える
高校生アスリートにとって、情熱を持った指導者との出会いはかけがえのないもの。夏のインターハイを終え、10月。今シーズンの締めくくりとなるとちぎ国体で、山口選手はその才能を更に輝かせます。
この大会では、ディーン選手や武本選手も参加。大久保門下生が一堂に会しました。大会3日目、秋晴れのもと、山口選手は高校生活最後の大一番を迎えました。
目標はインターハイで叶わなかった、ハンマー投げでの優勝です。フォームを入念にチェックして挑んだ1投目、山口選手はいきなり自己ベストを2m 以上更新し、高校記録の68m33まであと11cmに迫ります。
この日は力が程よく抜けていると自覚していた山口選手。記録更新の期待が高まる中、迎えた5投目。雄叫びと共に放たれたハンマーは高校記録のラインを超えるビッグスロー!68m99をマークし、13年ぶりに新記録を打ち立て優勝。大久保ファミリー、一番下の弟が有終の美を飾りました。
(山口)「高校ではやりたい事がしっかりできた3年間で、多くの人と出会えて良い3年間だったなと思います。ハンマー投げでは、まだ70m の壁もありますし、その先には世界もあるので、長く先を見据えてこの先も地道に頑張っていきたいと思います。」
教え子の成長を見届けた名将。喜びを噛み締め、指導者人生は続きます。
(大久保)「今年は、日本の投てきの高校の先生の中では一番幸せちゃいますか。
でも、原点は高校のただの一人の一教師なんで、そこを忘れずに、はい。」
(読売テレビ「あすリート Plus」12月4日放送)
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