ブルーの奔流がオレンジを飲みこんだ。
関西学院大学ファイターズが4年連続史上最多32回目の大学日本一。
スポーツジャーナリスト生島淳が甲子園の記者席で見たものは …「可視化」された伝統の力だった。
12月19日、日曜朝の東京駅。
午前7時42分発、広島行きののぞみ81号には、オレンジ色のウェアを着た一団が乗っていた。
オレンジは法政大学のスクールカラー。
アメリカンフットボールの大学日本一を懸けた「甲子園ボウル」に出場する法大の応援の一行に違いない。
その予想は当たり、阪神電車で甲子園に向かうころにはオレンジの人数が増えていただけでなく、「H」の文字が入ったバッグを肩にかける人も見かけるようになっていた。
ところが甲子園駅に到着すると、今度は関西学院大学の色であるブルーが途端に増える。
甲子園球場はこのところ、関学大のホームターフと言ってもいいだろう。
甲子園ボウル優勝は歴代最多の31回を数え、前回まで3連覇中。
今年の4回生は入学以来、甲子園ボウルで負けを知らない。
青い大河のごとく…終わらない選手入場
目に見えない伝統の力というものはあるが、関学大の「圧」は可視化された。
キックオフを前にアルプススタンドの脇から、選手、スタッフが入場してくる時だ。
選手が先陣を切って入ってくると、人数が多いためにいつまでも、いつまでもブルーの波、ブルーウェーブが止まらないのだ。
一方、法政大学が入場では、その列は数分の一。両校の「厚さ」の違いがひと目で分かる。
それもそのはず、甲子園ボウルのパンフレットを見ると、関学大のメンバー表には背番号をもらっていない控えの部員たちが大勢いる。
マネージャー、分析、トレーナーなど、学生スタッフの数も多い。
アメリカンフットボール部が、関学大の「看板」になっていることが部員名簿からうかがい知れる。
関東の大学にとって、甲子園ボウルで勝つのはかなりの難事になってしまった。
過去20年、2001年から2020年までの記録を辿ると、関東勢が勝ったのは2005年、2006年の法大と、2017年の日大の3回だけだ。
関西勢は関学大の10回、立命館大学の6回、関西大学の1回と続く。
関西を制する者が、そのまま大学日本一になるという構図は、他の大学スポーツでは珍しくなってしまった。
それだけジュニアレベルから、関西でのアメリカンフットボールのインフラが整っていることを示している。
第3Qから追撃! 法政オレンジ軍団が抵抗を試みるも…
それでもこの日、法大は関学大の圧力を押し返すべく抵抗を試みた。
しかし、前半は0点に抑えられる。
キックオフのミスが連続するなど、ナイーブさが見え隠れし、ハーフタイムを迎えた時点では、「やはり関学強し」という印象を受けた。
しかし、第3Qに入るとオレンジが息を吹き返す。
圧巻だったのは、後半最初のシリーズで飛び出したRBの星野凌太朗(3年)の42ヤードのタッチダウンラン。これで7対13と追撃態勢を整える。
そしてその直後の関学大のオフェンスシリーズでは、関学大がエンドゾーンに迫りながら、法大のDB清野諒(4年)がインターセプト。
その後のオフェンスシリーズの流れもよく、法大は比較的簡単な位置でのフィールドゴールのチャンスを得た。
ところが、失敗。
法大は3点差に詰め寄るチャンスを失ってしまった。
法大が勝つとしたら、僅差でしかない。その意味で、この失敗はモメンタム(流れ)を失うプレーになってしまった。
そして第4Qに入ると、関学大の圧力が増していく。ブロックがガンガン決まり、ロングゲインが出るようになる。
まさに、ブルーの波が押し寄せるがごとく、このクォーターだけで3タッチダウンをあげ、スコアは47対7にまで開いた。
本来の実力差なら、ここまで点差が開くことはなかっただろう。
しかし、試合巧者の関学大が“横綱相撲”を取り、終盤は法大から戦意を奪っていった。
関西と関東の差を痛感させる。それが関学大のおそろしさだろう。
4回生は有終の晴れ舞台 鳥内前監督「丸刈りはみっともないから、やめた方がええんやけど…」
今季は、大学の試合はこれにて終了。
毎年1月3日に、大学王者と社会人王者が戦っていた「ライスボウル」の形式が変わり、今季からは社会人の優勝決定戦の舞台が、そのままライスボウルになった。
つまり、甲子園ボウルは優勝した関学大の4回生にとっては最後の晴れ舞台だった。
写真:大会MVPに輝いた関学大RB斎藤陸(4回生)
関学大の4回生といえば、丸刈りにするのが伝統になっている(下級生は普通のヘアスタイルだ)。
前監督の鳥内秀晃氏は、「丸刈りにしてこいなんて、そんなん、4回生に一度も言うたことないよ」という。
「監督しとった時から、丸刈りはみっともないからやめた方がいいと言ってるよ。でも、4回が自主的に話し合って決めているし、みんなが納得しているのなら、止める権利もないからね」
甲子園ボウルを勝利で追え、4回生はもう丸刈りにする必要もなくなる。
例年であれば、1月3日のライスボウルが終わってからようやく髪を伸ばし始められるが、クリスマスの前からそれが出来るのは、今年の4回生にとっては大きなご褒美だろう。
勝って迎えた翌日、勝つためのプレッシャーを感じない朝を迎えたことを、4回生たちはどう感じているだろうか。
取材:生島 淳
生島 淳 プロフィール
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スポーツジャーナリスト
1967年気仙沼生まれ 早大卒 博報堂に勤務しながら執筆を始め、1999年に独立。
NBAやMLBなどアメリカのプロスポーツから、陸上(箱根駅伝)、ラグビー、アメフト、卓球、水泳など、幅広くスポーツを追う。
小林信彦とD・ハルバースタムを愛する米国大統領マニアにして、歌舞伎や講談、落語などの伝統芸能、M1のウォッチャーにしてカーリングを趣味とする。
著書に関西学院大学の前監督 鳥内秀晃氏との共著『どんな男になんねん』(ベースボールマガジン社)、『奇跡のチーム ラグビー日本代表、南アフリカに勝つ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『慶応ラグビー「百年の歓喜」』(文藝春秋)、『箱根駅伝セブンストーリーズ』『大国アメリカはスポーツで動く』(新潮社)、『監督と大学駅伝』(日刊スポーツ出版社)『スポーツを仕事にする!』 (ちくまプリマー新書) など多数
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