銀メダルの次なる景色 パラリンピアン・宇田秀生
スイム、バイク、ランの3種で争うハードな競技・トライアスロンで注目を集める、隻腕の鉄人・宇田秀生(うだひでき)選手。2021年に開催された東京パラリンピックでは銀メダルに輝いた実力の持ち主です。
当時、東京パラリンピックを目指していた宇田選手をサポートしようと、高校時代の同級生だったクリエイターの友人が公式サイトの動画を制作。そこには、絶望から這い上がり、前に進む力強い宇田選手の姿が描かれていました。
周囲の応援を力に変え、日本代表の座を勝ち取った宇田選手。2021年8月に迎えた決戦の舞台では、見事、銀メダルを獲得しました。
(宇田)「(ゴールするまでの最後の直線は)最高の瞬間でした。そこまで頑張ってきたものが実った瞬間の嬉しさもあるし、安堵感もありました」
「落ち込んでる場合じゃない」サッカーからトライアスロンの世界へ
滋賀県出身、高校時代まではサッカー選手だった宇田選手のトライアスリートとしてのキャリアは、まもなく10年。26歳の時に職場のベルトコンベアーに巻き込まれ、生死をさまようほどの重傷を負った宇田選手は、当時の事故をこのように振り返ります。
(宇田)「最初は、(腕が)くっつくやろと思っていたんですけど…。その反面、やっぱりかっていう思いもありました」
予期せぬ事故に巻き込まれ、右腕を失った宇田選手。実は、事故に遭う5日前に結婚したばかりでした。
(宇田)「(結婚もして)落ち込んでる場合やないなと。入院している時から、これはパラリンピック出られるんちゃうかなって、妻と2人で話していました。出られるチャンスはあるよなぁと」
「片腕でも、あいつ凄いなという驚きを伝えたい」パラトライアスリートとしての決意
突き抜けた明るさと強靭なメンタルが持ち味の宇田選手。利き腕を失って1年後には、リハビリで始めた水泳をきっかけにトライアスロンのレースに出場します。想像を絶するようなきつさと、達成感に夢中になったといいます。
(宇田)「片手でも、あいつ凄ぇなみたいな…。元気に頑張ってるぞという驚きをみんなに伝えられたらと」
競技を始めて2年後の2019年には、世界大会にもエントリー。東京パラリンピックを翌年に控えた当時、横浜でおこなわれた世界大会には、各国のライバルたちが一堂に会しました。
レースは、スイムからスタート。波立つ海の中、息継ぎが苦手な宇田選手は出遅れてしまいます。スイムを終えた時点で、上位との差は3分以上でしたが、ここから宇田選手の猛烈な追い上げが光ります。
順位を2つ上げて5位、タイム差も2分以内におさめたところで、最後は得意のランで観客を魅了。ひとり抜いて3位に浮上すると、2位の選手を射程圏にとらえましたが、結果は3位。すべてを出し切ったレースを、宇田選手はこのように振り返ります。
(宇田)「パフォーマンスは満足できるものだったのでよかったと思います」
惜敗を力に変え、各国のライバルたちとしのぎを削ってきた宇田選手は、その後、世界大会や表彰台の常連となってゆきます。
「追い込まないでくれ、という局面でも頑張れてしまう」持ち前の気持ちの強さで自身を追い込む
現在、世界ランク2位であり、パリ五輪での金メダルが期待できる選手として、トライアスロン連盟の指定強化選手として認定。涙の銀メダルから1年半が過ぎようとしていた頃、宇田選手は沖縄県で合宿をおこなっていました。
宇田選手にとっての強化合宿のテーマの1つ、それはスイムのスピード強化。早朝に始まった泳ぎ込みでは、いつもより少なめの4050mという距離を丁寧に泳ぎ切る、量より質を重視したメニューを行いました。
(宇田)「200m泳いで、そこから50mダッシュっていうのを6セットやりました。キツかったです。でも、合宿はこんなもんですね、毎日」
午後からは、宇田選手の得意分野であるバイク。愛車はフルカーボン製で6.5㎏の超軽量に設計、左手だけで両輪のブレーキが効くように改造。60㎞のロングライドをおこない、磨きをかけます。
スイム4050m・バイク60㎞に加え、10㎞のジョギングをおこない、自分を追い込んだ
宇田選手。JTU(日本トライアスロン連合)ハイパフォーマンスディレクター・富川理充さんは、宇田選手についてのパフォーマンスについて、このように考えます。
(富川)「今、(最初のスイムで)トップから2分半くらいの差があるので、できれば1分半~1分くらいに縮められると、前の選手の背中を見てバイク競技に移れるので、また展開が変わってくるんじゃないかと思います。彼は気持ちの強さがピカイチで、(合宿では)追い込まないでくれっていう局面でも頑張れてしまうので…。そこでどう手綱を引いて抑えさせるかのほうが、彼は難しいですね」
「父やんみたいになる」愛する家族の応援背負い、パリの舞台を目指す
合宿と海外遠征を終え、久々に家族の待つ我が家に帰った宇田選手。
東京パラリンピックの年は、年間60日ほど家にいられなかったといいます。
やんちゃ盛りの男の子2人と夫を迎える妻・亜紀さんは、宇田選手について…。
(妻・亜紀さん)「(主人が)帰ってきたときは、わたしの存在を忘れてるんじゃないかっていうくらいで…(笑)。2人して、【父やん、父やん】って言っていますね。長男が特に主人のことが好きで、応援するのも楽しいみたいです。【(将来は)父やんみたいになる】って話しています」
5年前、招待選手として参加した地元の大会・びわ湖トライアスロン。当時、まだ1歳だった次男・健太郎くんと4歳だった長男・琥太郎くんも、大きな声援を送りました。
(宇田)「応援があるのと、ないのとでは違いますね。キツい時やしんどい時、復活しますからね」
家族の期待を胸に
銀メダルに輝いた、おととしの東京パラリンピックを振り返って、琥太郎くんから嬉しい言葉も…。
(長男・琥太郎くん)「(東京パラリンピックでの宇田選手の活躍を)テレビで観てた。カッコよかった。泣いてはないけど、泣きそうになった」
(宇田)「やっぱり、子どもからカッコいいって言われると嬉しいじゃないですか。“お前の父やん、すごいな ”みたいに言われててほしいなと…。子どもたちも人気者になってほしいなっていう思いはあります」
カッコいい父やんをもう一度見せたい―、その想いを原動力に今日も、父やんはしんどい練習に耐え、汗を流します。
(宇田)「しんどい時の自分も好きですけどね。追い込まれている時に耐えて、頑張っている自分っていうのが、結構好きかもしれません。次のパリ(パラリンピック)での僕の目標は、表彰台にあがること。メダルの色にはこだわらないですね。表彰台にあがって、また目立つ。それだけを見つめています」
現在、世界ランキング2位を誇る35歳・宇田秀生選手。隻腕の鉄人は、今日も次なる舞台への想いと家族の絆を抱き、前に進み続けます。
2023年4月2日(日) あさ6:00 読売テレビ地上波で放送
新番組 「あすリートPlus」 は、読売テレビで毎週土曜日に放送中の「あすリート」の拡大版として、
この4月にスタートした関西のアスリートたちを紹介、追跡取材してご紹介する番組です。
「あすリート」の3分では伝えきれない物語や密着映像、また、これまで地上波で観られなかった陸上の関西インカレ、高校サッカー、ボーイズリーグ、中学バレーなどのスポーツ配信サービス
「あすリートチャンネル」の中継コンテンツのダイジェスト版も「あすリートPlus」で放送していく予定です。
土曜放送の「あすリート」のファミリー番組として日曜放送の「あすリートPlus」をお楽しみ下さい。
(読売テレビ「あすリートPlus」4月2日放送)
LIVE配信
関連記事
おすすめ記事
- 第523回 2024年11月23日放送
- 【アーチェリー】 パリ五輪代表 野田紗月(24=ミキハウス)
〜日本のエースアーチャーが見据える未来〜