【インタビュー vol.2】柔道 阿部 詩「18歳 たびだちの詩(うた)」

日時:2019年2月9日 
場所:神戸市 神戸ポートタワーホテル 神戸倶楽部


阿部詩選手への独占インタビューを3部構成でお届けします。
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人生のターニングポイントになった試合

Q 高1のインターハイは反則負けで1回戦敗退、前と後でどう変わった?

阿部  あの時は自己分析が全然できてなかった、自分の状態を分からないまま目標だけを言っていた感じだったので、その目標がインターハイ優勝とジュニア優勝してっていうのは全然達成できなかったので、どこかで自分を上に見過ぎていたのかなと今は思います。



Q 3歳上の兄 一二三選手と自分を重ね合わせていた?

阿部  高校1年生の時はまだ雲の上の存在というか、まったく追い付いてない状態だったので、お兄ちゃんを見て頑張ろうという感じでした。

Q 自分も高1の間に名を売りたいと いう思いだけが先行した?

阿部  高校1年生の時ですか・・・そうですね、とりあえず結果を残したいと、柔道が強くなりたいより結果を見過ぎていた部分があるのかなと思います。


Q インターハイの負けで得たこと

阿部  反則負けっていう形で投げられたりはしてなかったんですけど、負けたのには絶対理由があると思って、何で負けたんだろう考えていたんですけど、あまりその負けた理由が分からなくて試合直後は分からなくて、でも冷静に振り返ってみれば、油断をしていた部分が凄い大きくて、まあ絶対勝てるだろうと、勝つために考えて練習してなかったなあと思います。

Q あの時ほど泣いたこともないと思うがどんな気持ちだった?

阿部  本当に1回戦負けっていうのが初めてで、自分の力を出し切れずに負けたので、やり残したっていう感情と周りの期待に応えられなかったというのと、自分を信じてやってきたけど全然ダメだったっていうので、これからどうしていこうって思って、考えれば考えるほど下を見ちゃうっていうかプラスには捉えられなかったです。

3歳上の兄 一二三選手の存在


Q インターハイの敗戦後、兄から声をかけられた?

阿部  まさか電話がかかってくるとは思ってなかった。負けた日にお兄ちゃんと電話をして「全然まだまだチャンスがあるんだから」と言ってくれた時にまだまだこれからだなと気づきました。
お兄ちゃんも(リオ五輪の選考で)ワンチャンスをものにできなかった、そういう部分でも声をかけてくれたのかなと思います。


Q 兄が夙川学院に来て兄妹で乱取りをしましたね

阿部  あの時は何も考えられずに練習に取り組んでいて、直ぐにジュニアの試合があったので、とりあえず練習しないとという中で、お兄ちゃんとああいう風に練習して、いつまでも甘えていたらいけないなという考えにはなりました。





Q あの出来事で自分の道が見えてきた?

阿部  ジュニアも負けてしまったら、何も残らないと思ったので、その試合を考えたら切り替えられたと思います。

Q 兄の存在とは?

阿部  お兄ちゃんがいなかったら今の自分は絶対にいないし、ずっとずっと引っ張ってくれてる存在かなと思います。お兄ちゃんが先に作っている道に乗っかっているだけではないと思うんですけど、レールを作ってくれている人だと思います。

Q 今では阿部兄妹と語られることが増えましたね

阿部  それまでは阿部一二三に付け加えて、ちょっと妹みたいな感じで言われていたんですけど、それが凄く嫌だったので 「あっ、阿部一二三の妹や、ちょっと強いんやろ」くらいだったので悔しいなあと思って、 絶対「阿部詩のお兄ちゃん」って言わせたんねんていうのが心にあったので、高校2年はずっとそれを考えてました。 2017グランドスラム東京でお兄ちゃんと2人で出て優勝できて、やっと阿部詩って言われてきて、ちょっとだけ並べるようになったかな。




vol.3は「阿部詩の柔道とは?」「東京オリンピックへ向けて」「52キロ級は超激戦区!」あたりを聞きました。