「もういちど選手としてプレーしたい」神戸コスモス 宮下拓也 25歳

5月、身体にハンディを抱えた選手たちの野球リーグ、その日本一を決める全国大会で
プロ野球の “二刀流” 大谷翔平ばりに投打で大活躍を見せた選手がいます。
神戸コスモス 宮下拓也選手(25)です。
決勝戦では、主軸の3番を打ち、スリーランを含む2本の長打、投げては6イニングスを完封!
チームを2年連続17回目の優勝に導き、自らも最優秀選手に輝きました。


宮下選手の左脚は太ももから膝、すねまでが人工関節、自分の骨ではありません。
骨のガン、骨肉腫に冒され 太ももから下を切断するか、金属の骨と関節にするか、
二者択一を迫られたのです。
医師からは、切断して義足にした方が運動出来る可能性は残ると言われたそうですが、
宮下選手は今まで例のなかった人工関節で野球をすることにチャレンジしました。
抗がん剤での闘病後、辛いリハビリの日々を耐え抜いて今があるのです。


岐阜県中津川出身、少年時代は周囲に名の知れた強打のキャッチャーでした。
高校野球の名門 愛工大名電(名古屋)に進学が決まっていた中学3年の10月、
身体をチェックをした際に骨肉腫が見つかったのです。
「自分の力で愛工大名電を甲子園に連れて行く。出来れば(在学中の)5回。」
それくらいの強烈な自負を持って、高校で野球をやるつもりだった宮下選手ですが、
命と引き換えに甲子園を諦めざるを得なかったのです。


トップレベルでなくとも野球がやりたい。
グランド整備でもボール磨きでも野球に関わっていたい。
思いが断ちがたく、地元の中津商業に進学後、野球部に入部しチームを支えました。
3年夏の県大会でチームはベスト16まで進みました。
その後、関西大学に進学、学生コーチとして4年の秋のリーグ戦で優勝、
19年ぶりに神宮大会に出場し仲間と喜びを分かち合いました。
「もういちど選手としてプレーしたい」
大学卒業後、迷わず障害者野球の強豪 神戸コスモスの門を自ら叩いたのです。


宮下選手が色紙に書いてくれた言葉は「今に感謝」
いま、野球が出来る喜びをかみしめてグランドで汗を流しています。