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   2020年4月18日
 

【デフテニス】 2021 デフリンピックで金メダル獲得へ! 世界女王・喜多美結(21)の挑戦

喜多美結(きた みゆ)KITA MIYU プロフィール




出身:東京 大阪・豊中市育ち
生年月日:1998年7月3日生まれ 21歳
身長:158cm
関西大学 化学生命工学部3年生
2019世界デフテニス選手権 シングルス優勝 ダブルス準優勝

デフテニスとは…

デフ(聴覚障がい者)の方がするテニスの事です。ルールは一般的なテニスと一緒。ただし、補聴器を外して裸耳で対戦します。実は球技において音は極めて重要。例えばテニスでは打球音でボールとの距離感を測り体が反応します。耳に障害のある人が行うデフテニスは打球音が聞こえないため、目だけでボールを追い打球を判断しなければならない過酷な競技なんです。

去年10月、トルコで行われたデフテニスの世界選手権で日本人として初のシングルス優勝、ダブルス準優勝の快挙を成し遂げたのが、関西大学に通う喜多美結選手です。21歳にして世界女王となった彼女ですが、実はデフテニスを始めたのは大学入学後。自分のような耳の聞こえない友達がいないことに悩んでいた喜多選手、大学受験後デフテニスの存在を知り強化合宿に参加。日本代表に入りました。

喜多選手の難聴が判明したのは小学4年生のころ。原因不明の【特発性両側性感音難聴】と診断を受けました。同じ時期に始めたのがテニスでした。頑張り屋さんで負けん気の強い彼女は補聴器をつけ、健常者の大会で活躍。そして飛び込んだデフテニスの世界ではわずか2年でその才能が花開きました。

普段は関西大学テニス部に在籍し、健常者に混じってテニスをしている喜多選手。目指すは2021年にブラジルで開催される【デフリンピック】です。デフリンピックとは「国際ろう者スポーツ委員会」の主催で4年に1度、五輪の翌年に開催される聴覚障がい者のオリンピックです。2017年の大会では世界100か国が参加。彼女はデフリンピックで金メダルを獲得し、もっと多くの人にデフテニスの事を知ってもらいたいと言います。それは自分と同じような境遇の人に希望を与えるため。

大阪から世界へ!喜多美結選手 明るく、賢く、頑張り屋の21歳です。

デフリンピックを知っていますか?

4年に1度行われる聴覚障がい者のオリンピックです。
音の聞こえない選手のために目で見て分かりやすい工夫(国際手話やランプの点滅など)がされています。
2017年の第23回大会では世界100か国が参加しました。





来年12月にブラジルで行われる次回開催のデフリンピックで金メダルを狙う逸材が大阪にいます。
去年トルコで行われたデフテニスの世界大会で日本人初のチャンピオンになった喜多美結選手です。



喜多「デフリンピックで優勝するのはもちろんですけど、
一つ一つの大会でしっかり優勝目指して頑張りたいなと思っています。」




狙うは金メダル!そして、その先にある未来とは!?
今回のあすリートは明るく、賢く、頑張り屋の21歳。喜多美結選手を紹介します。

彼女はデフテニスプレーヤー



関西大学に通う彼女、普段は体育会テニス部で健常者に交じって練習しています。









補聴器を外すとほとんど聞こえなくなる彼女。
テニスにおいて打球音や足音はボールとの距離感を測るとても大切な要素。
もし、音が聞こえないと目だけで打球を判断しなければいけません。
デフテニスは、音のない世界でボールを追い、戦う過酷なスポーツです。

特発性 両側性感音難聴


彼女がテニスを始めたのは小学4年生。
その頃、原因不明の難聴に襲われます。



喜多「小4くらいで学校の聴力検査に引っかかるようになって、親の声かけにも気付かなくなった。」



負けん気の強い彼女は補聴器をつけ、健常者の大会で活躍。
それでも周りに耳のことを理解してくれる友達がいなくて、
独りで苦しみを抱え込んでいました。



そんな彼女に運命の出会いが待っていました。
ネット検索で偶然見つけたのがデフテニス。2年前のことでした。





喜多「補聴器を付けていることを周りに見られたくなくて髪の毛をおろしていたんです、今までは。
でも、聞こえなくてもても良いんだって、デフテニスを始めてから(障がいを)分かってくれる人がいるから自分はありのままでいていいんだなって思えたんです。」

リケ女が見つめる未来とは!?





何ごとも突き詰めたい性格。
大学では難聴の原因を研究するため、生物工学を専攻しています。
そんなリケ女が見つめる未来とは!?

喜多「デフテニスを通して、聴覚障害やそのほかの障害への理解が、もっと社会に広がっていったら良いなと思ってやっているんで、ここから先も頑張っていきます。」







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